『黒潮』第8話「黒潮にのって」(終)

「よーし、じゃあ合わせるぜ」

 

ここはスタジオ。

 

あの後、僕とマグロは楽器屋に行き、それぞれの"相棒"を迎えてきた。

 

トラウトの家やスタジオで練習を重ねるうち、少しずつ形になってきて、2日後には初めてのライブという格好だ。今日は、そのリハーサル。

 

「あんたが派手すぎてエンガワ君が目立たなすぎじゃない?」

 

そうそう、携帯を返しにトビーのところに行ったら、マグロが「そうだ!トビーも仲間だったじゃん!」…って言い放って…何故かアッサリ承諾してもらえて、トビーは仕事の合間を縫いながらシンセサイザーを弾いている。

いわく、いつも裏方だからねぇ、たまには目立ちたいし、らしい。

 

「なんだよトビーだって派手髪だしシンセも派手じゃん!てか、エンガワに失礼だぞ!確かに派手ではないけど!あっ、そうだ!エンガワも緑とか青にすればいんじゃね?!あとベースに何かぶら下げてアピるとかさ」

「ええっ、それはちょっと、茶髪ならまだ分かるけど…あとぶら下げたら邪魔だと思うんだけど」

「いやまあ、ぶら下げるは冗談として、茶色はナシだろ。トラウトとかぶるし。てか、そうだよ、黒のまま伸ばせばカッコよくなるぜきっと」

「長髪かー」

「俺より金髪ロング似合う男もいないからな、同じ土俵に入らない方がいいぜ」

「おい、始めるぞ」

「はーい」

「へいへい」

 

それと、僕は…マグロとCDを回収しに僕の実家に向かった。そして、あの家は手放すことにした。

"最終手段として、この家に戻ってこれる"と思っていたけど…しがみつくのは、もう止めるんだ。

それで後悔したらどうしようと思ったけど、「オレなんか青春の記憶が全部飛んでったのに、なんとかなっただろ、何も後悔してねーし」って言われて、踏み出せた。

 

「お前上達はえーじゃん、さすがオレの弟子」

「毎日練習してるからね…で、いつ弟子になったっけ??」

「弟子でいいっしょ!」

「エンガワくんがあんたの弟子とか、かわいそー」

「うるせーなートビーは毎回毎回、そんなんじゃ結婚できねーぞ!」

「人の事言えないでしょ!だいたい、あんたはいつも人のことを…」

「トビー、また始まっているぞ」

「トラウト、ナイスセーブ!」

「ちょっと!もう」

「それにしても、良い、これだよバンド活動は」

「僕も、もっと上手くなるよ」

「勿論もっと上手くなってもらわなきゃ困るぜ~」

 

「エンガワ、ちょっと来て」

「あっ、はーい」

トラウトと僕は、いわゆるリズム隊だ。僕は経験が浅いから、まだトラウトのドラムを頼りながら弾いている。

 

トラウトは、僕の仕事が安定するまで家を貸してくれていた。今でもスタジオ代やご飯を奢ってくれたりで、そっちの面でもお世話になりっぱなし。

 

 

改めて考えてみたら、旅に出てから出会った人達は、みんな優しい。

 

子供の頃の僕にとって、世界は家か学校かの2つだった。その他は、まだ知らない場所。

家も学校も僕には優しくなくて、でも周りの大人たちは「学校は楽しいだろう」「大人になって、一人になったら大変だぞ」と言っていた。だからてっきり、この世界というのは恐ろしく意地悪なところで、全てが敵として一人ぼっちの自分を襲ってくる、だから必死で戦わなければ死んでしまう、そういうものなんだと思っていた。「みんな大変なんだぞ」という言葉が、それを証言するものに思えた。

 

でも、いざその世界に出てみたら違った。

 

敵だったはずのみんなは、敵じゃなかった。なぜ僕を信用してくれるのか、応援してくれるのか、なんだか不思議だった。

 

「よーし!今日はこんなところかな。時間も時間だ」

「あとは本番前まで自主錬ね。じゃあ明後日、ライブハウスで」

「ああ。お疲れ様」

 

 

「エンガワ!一緒にラーメン行こうぜ!どりゃっ!」

「うおっ、と、今コケるとこだったよ?!」

「あはは、悪ぃ悪ぃ、とにかくオレは腹が減ってんだ!」

「あ、じゃあこの前奢ってもらったから、今日は奢ろうか」

「えっマジで?!よっしゃあ!!いやーおごりって聞いたらもう、おい、早く行こうぜ!!」

 

「…あのさ、マグロ」

「ん?なんだ?」

「その…最初会ったとき、なんで僕に話しかけてくれたの?なんで家に上げてくれたの?」

「そりゃあ、…なんだろうなあ… まず、なんか慣れてなさそーだったから先輩として話しかけたっしょ、でコーラで友達になって、お前宿なしだったし、CDも聴きたかったから、まあ上げた、だな」

「見ず知らずの人に、そんな…」

「いや、見ず知らずじゃねーだろ?!友達になったから上げたんだって!しかもお前はさ、あのデカブツと違って筋肉も気も弱そうだから、何かあっても勝てそうだったし問題ないと…なに、なんか悪いこと考えてたのか?まさか」

「い、いや!まさか!そんなこと絶対ない、けど、僕ならよく知らない人は怖いかも…って思っちゃう」

「あー、まぁそれも間違いではないよな。…オレは確かに、なんとかなるだろーってバクチ打っちゃうとこはある。お前に着いてって旅に出たのも、はっきり言ってバクチだよな。でも流石に誰でも全員にそうはならねーよ?」

「そ、そうか…そうだよね」

「だいたい、それを言ったら、お前だって知らない人の家にいきなり上がってんじゃねーか、なぁ?」

「あっ」

「てか、まず、お前が最高にバクチ打ちだったじゃねーか!」

「あぁ…!」

「…だからさ、大丈夫だって。世の中けっこうテキトーに回ってんだからさ、こっちも適当でいいんだよ」

「…自分が真面目なのか適当なのか、分かんないや」

「うーん…オレもお前も、実は大して変わんねー気がする」

「えっ?」

「意外と似た者同士なのかもな。まあ、ご縁ってやつだろ」

「…ありがとう」

「気にすんなよなー」

 

 

外はいつの間にか暗くなっていた。

 

 

「おっ、なかなかキマった満月じゃん」

「…わぁ、ほんとだ」

「雲ひとつないなー今日は。良かった良かった」

「なんか…」

「ん?」

「今…心がスッキリしてるかも」

「…ぶっ、なんだそれ!心の雲も片付きましたってか?カッコつけてんな~、てか、ラーメン!あっ、あそこ空いてそうじゃん、行こうぜ」

「うん、行こう!」

 

 

謎のCDが開いた扉。様々な縁が絡み合って、僕は外の世界へ導かれた。

真っ暗だった心に、光が差し込み火が灯る。

広い大地も深い大海原も、仲間と一緒に渡って行ける、そんな気持ち。

 

 

ガラガラガラ…

 

「いらっしゃいやせー、お客さん何名で…」