「笑顔にしたい」という暴力【加筆修正済】

(追記:2017.9.16 記事全体を加筆修正し、読みやすくしました。)

「笑顔あふれる〇〇学校」

...などという標語が流布しています。

 

笑顔というのは、楽しいとか嬉しいといった感情の発露です。

逆に言えば、そういう笑いたくなる感情が起こらないと笑いません。

感情と表情は、元々は単なる反応であって、理性で操作したり、努力によって達成するものではありません。

それを目標として、文章にして掲げるのは

「私が良くしてやるんだから、楽しく過ごせ!」

という強要であり、扇動であり、心の暴力です。

子供達にこんな態度でいてはいけない。

 

他人の笑顔を見ると、なんだかこっちも良い気分になります。

笑顔は敵意がないことを表しているからです。反対に、敵意のある怒りなどの表情には警戒します。

接客において笑顔が大事というのは、これが理由です。

笑顔で接客されると、お客さんが心地よい、そうするとリピートしてくれるから、笑顔でいると売り上げが上がるのです。

今となっては笑顔のサービスがあまりにも広まりすぎて、笑顔が常識と化してしまいました。

「単なる表情なんだから、ほっとこう」とは思いにくくなっているのです。

それで、一定数の人たちは勘違いして「笑顔が一番!」「もっと笑顔を広めよう」と言うのです。

 

で、「笑顔あふれる〇〇学校」というスローガンであれば、

「いじめっ子もいじめられっ子も傍観者も、不登校児も優等生も普通の子も、みんなが笑顔になれるよう、教員全員で心砕きます!」

という意味なら、理解はできます。

ですが、実際そんなことは不可能でしょう。

気持ちや根性の問題ではありません。

まず、子供達は、一人一人違う考え方や個性を持った人間です。

現実的に考えましょう。

暴力的な人間関係を解決したり、「学校生活になじめない子」を学校で笑顔にするのは、一人の教員が他の35人の子供を笑顔にしながらできることではありません。

数人の問題であるDVですら、専門家が関わってもなかなか難しいのです。

しかも、「笑顔あふれる」なんて文言をスローガンにされたら、「笑顔になってあげないと、怒られるのかな」と思ってしまいます。

そうなると、その笑顔はもう接客サービスです。

子供に接客サービスさせますか?

 

感情は個人の領域

あのね、

笑いたくない時は、笑わなくてもいいでしょ。

それが仕事なら、勤務中に限ってはある程度仕方ない(100%笑顔じゃないとダメなんて仕事は人間にさせるべきではない)ですが、少なくとも子供たちは無理して笑う必要がありません。

学校が毎日つまらないと思っている子がいるかもしれないのに「いつも笑顔」などというスローガンを掲げるのは間違っています。

先生たちは、その横断幕で「ぼくは目標を守れないダメなやつだ」と感じる子がいるという想像ができなかったのです。

そして、そういう環境を疑わずに育ってきた多くの子供が大人になるのですから、彼らもまた「笑顔はいいことだ」と子供たちに強要していくのです。

 

感情はその人の領域であって、どうやってもその人の中で完結します。

相手の感情が実体化して殴られることはありませんし、自分の感情で相手を抑え込むこともできません。

それを自分と関連づけて、感情を変えよう、利用しようなどとするから、お互いに疲れて苦しいのです。

…そしてその欲求は大抵「笑ってほしい」とか「救ってあげたい」など、良いことっぽい顔をして現れるものです。

他人に、いち他人として意見を言ったり慰めたりするのはいいですが、他人を思い通りにするために操作しようとするのは悪いことです。

他人は他人です。あなたが他人から思い通りになるよう操作されたくはないように、他人もあなたから尊重されるべきです。

 

それでも「みんながいつも笑顔」にしたいなら、まずは自分が「いつも笑顔」で居られるのか練習や対策をしてみて、それから「いつも笑顔でいる秘訣」を教えるのが筋です。

「なんとなく理想的な感じだから、みんな笑顔でいよう」

では、実行のしようがありません。

 

自分と相手の区別をちゃんとしましょう、という話でした。